湘南大西会

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zoom RSS バック・トゥ・ザ・2015/5/17

<<   作成日時 : 2016/02/20 14:23   >>

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日時 5月17日 日曜日

集合場所 : JR 大船駅 いつもの本屋前

集合時間 : 9時30分


ハイクコース

JR 大船駅 → JR 鎌倉駅 → 銭洗弁財天 → 佐助稲荷神社

 → 佐助トンネル → 江ノ電鎌倉駅 → 江ノ電 稲村ケ崎駅

 → 洋食レストラン メイン 昼食




銭洗弁財天 http://www.kamakura-burabura.com/meisyokamakurazeniaraibenten.htm

銭洗弁財天宇賀福神社は、お金を洗うと何倍にも増えて戻ってくるといわれる霊水「銭洗水」が湧く神社。銭洗水は境内の洞窟(奥宮)で湧き、ご利益にあずかろうと多くの参拝客が訪れる。 また、弁財天の縁日である巳の日は特にご利益があるとされ、一段と賑わいを見せる。

平安末期、鎌倉は災害が続き貧困にあえぐ庶民のために,源頼朝が世の救済を祈願したところである。

巳の年の文治元年(1185)の巳の月、巳の日の巳の刻、宇賀福神から「この地に湧き出す水で神仏を供養せよ、そうすれば天下泰平の世が訪れる」と源頼朝の夢にお告げがあり、そこで源頼朝はこの地に社を建てて宇賀福神を祀った。その後、世の中の混乱は収まったと伝えられている。

この話が発展していつの頃からか、その霊水でお金を洗うと倍になると言う信仰が生まれた。鎌倉五名水の一つである。洞窟の口もとに社があり、社は宇賀福神で洞窟の中の社は銭洗弁財天である


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佐助稲荷神社 http://kazenotabi-kamakura.com/meisyo-kamakura/sasukeinarijinja.html

出世運・仕事運アップのご利益がある神社



源頼朝は父、義朝を平清盛に殺され、自分自身は伊豆に流されて、少年期と青年期を過ごしました。 いつか平家を滅ぼすことを念じて文武の鍛錬を続ける頼朝の夢枕には、「われは鎌倉に鎮座している稲荷神なり」と名乗る老翁の姿をした神様が立って挙兵をうながし、立つべきときを教えたと伝えられています。
稲荷神とはその字面から推察できるように、古代には農作物の実りをもたらす神様とされていましたが、転じて商売繁盛や出世開運、学業成就などのご利益があると信じられるようになったものです。
源頼朝は宿敵、平家を滅ぼしたあと、お礼として社殿を建てました。それが佐助稲荷神社です。
佐助稲荷神社は源頼朝を歴史の大立て者に押し上げたことから、出世運・仕事運をアップさせる神様とされています。

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洋食レストラン メイン 昼食 http://www.main-inamuragasaki.jp/



恒例の鎌倉散策の後のお楽しみ

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高さんの古希のお祝い  おめでとうございます

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古希(こき。原文の表記は古稀。「稀」は常用漢字にはないので現在では古「希」と書くことが多い)とは、70歳のこと。

唐の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)に由来する。

還暦は数えの61歳(≒満60歳)であるが、古希は数えの70歳(≒満69歳)のこと。古希は長寿の祝いとされている。お祝いの色は、喜寿祝いと同じく、紫色。

長寿の祝いには、他に、還暦(かんれき)、喜寿(きじゅ)、盤寿(ばんじゅ)、傘寿(さんじゅ)、米寿(べいじゅ)、卆寿(そつじゅ)、白寿(はくじゅ)、百寿(ひゃくじゅ)などがある。

清の乾隆帝は「古稀天子」と自ら称し印判などにも用いた。中国史上古稀を迎えた天子は乾隆帝の他は梁の武帝、南宋の高宗などわずかしかおらず、統一王朝の皇帝となると空前といってよかった。


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