湘南大西会

アクセスカウンタ

zoom RSS 2017年3月18日 鎌倉散策

<<   作成日時 : 2017/03/21 14:54  

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

鎌倉散策 計画

日時:3月18日(土曜日) 集合時間10時

集合場所 jr大船駅 構内 いつもの本屋さんの前

9名が揃って さあ出発


jr



散策コース jr大船駅 → 鎌倉駅場所  → 若宮大通
 → 鎌倉宮 → 永福寺跡 → 瑞泉寺 → ※(荏板天神社) 

→ 鶴岡八幡宮 → 小町通り → 江ノ電鎌倉駅 → 江ノ電藤沢駅

 軽食・飲物・各自持参してください


鎌倉駅から 若宮大通りへ

わかみやおおじ【若宮大路】https://kotobank.jp/word/%E8%8B%A5%E5%AE%AE%E5%A4%A7%E8%B7%AF-680636

神奈川県鎌倉市雪ノ下・材木座・由比ガ浜ほかにある鶴岡八幡宮の参道。鎌倉の中央を鶴岡八幡宮の社頭から由比ヶ浜まで一直線に結んでおり、当時の鎌倉造営に関する遺構として重要とされ、1935年(昭和10)に国の史跡に指定され、2006年(平成18)に追加指定された。この大路は京都(平安京)の朱雀(すざく)大路を参考に、源頼朝が妻政子の安産祈願のため造らせたもので、鎌倉の都市計画の中心軸と位置づけられていた。途中に3つの鳥居があり、浜側から「一の鳥居」「二の鳥居」「三の鳥居」といい、二の鳥居から三の鳥居までの間は、盛り土によって道の中央を一段高くした段葛(だんかずら)と呼ばれる参道が造られている。段葛は遠近法によって実際の距離より長く見えるよう、鶴岡八幡宮側に道幅が狭くなっている。現在は県道の一部になっている。JR横須賀線ほか鎌倉駅から徒歩約3分。

横道それて

源頼朝公顕彰碑

鎌倉幕府を築いた源氏の棟梁が眠る場所

源頼朝は、1198年12月27日、妻の政子の妹の夫である稲毛三郎重成が、亡き妻の供養として相模川にかけた橋の落慶式(開通式)に臨みました。 しかし、馬が暴れて相模川に入ってけがをしたとか、落馬したとか伝えられ、それが原因となって、翌1199年1月13日、53歳(満51歳)でこの世を去りました。 遺体は頼朝が守り本尊を安置するためにつくった持仏堂に葬られ、法華堂と呼ばれるようになり、やがて衰微していきました。
江戸時代中期の安永年間、鶴岡荘厳院の僧が勝長寿院跡から石の塔を運んできました。 さらに薩摩藩主、島津重豪(しげひで)が、1778年、島津氏の祖先の島津忠久の墓をつくる際、頼朝の墓を整備しました(島津忠久の母は、源頼朝の乳母でした)。
明治時代になって、源頼朝を祭神とする白旗神社が創建されました。白旗の名は、源氏の軍旗である白旗に由来しています。

画像


画像


画像


画像




またそれて荏柄天神社へ

鎌倉を代表する学問の神様
http://kazenotabi-kamakura.com/meisyo-kamakura/egaratenjinsya.html


荏柄天神社は、福岡市の太宰府天満宮、京都市の北野天満宮とともに日本三天神に数えられる神社です。天神の名が示す通り、祭神は平安時代の学者であり、政治家でもあった菅原道真です。 1104(長治元)年、それまで晴れていた空が突然暗くなり、はげしい雷雨とともに、黒い束帯姿の天神画像すなわち菅原道真の肖像画が降臨したため、社殿を建ててまつったのに始まるとされています。
さらに1180年、鎌倉大蔵の地に拠点を置いた源頼朝は、荏柄天神社を鬼門(北東)の守り神としました。 以後、鎌倉の武士たちの尊崇を受け、のちの世にも足利氏、北条氏、豊臣氏、徳川氏によって守られてきました。
菅原道真は学問に秀でていたことから鎌倉を代表する学問の神様として信仰を集め、受験生から絶大な支持を受けています。


http://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=390&cd=1205003&scd=&npg=

画像


画像


画像


鎌倉宮 http://www.kamakuraguu.jp/about.html

鎌倉宮は、大塔宮(おおとうのみや) 護良親王(もりながしんのう)をお祀(まつ)りする神社です。

画像


画像


画像


画像


画像



瑞泉寺庭園 http://www8.plala.or.jp/bosatsu/zuisenji-teien.htm

 瑞泉寺の仏殿(本堂)背後の庭園は名勝。

 名勝指定の対象は、池と錦屏山の尾根内側一帯。

 この庭園は、1970年(昭和45年)から翌年の発掘調査によって復元された。

 岩盤をくり抜いた庭園は、夢窓疎石の作庭と考えられている。

 岩壁には、水月観の道場としての「天女洞」と「坐禅洞」が掘られ、前面は貯清池。
 池には島が設けられ、そこに橋が架けられている。

 この橋を渡り岩壁に設けられた十八曲と呼ばれる登山路の上には、疎石が建てたという偏界一覧亭があった。

画像


恒例の集合写真

画像


画像


お昼の時間で 永福寺跡で

画像


画像


画像



鶴岡八幡宮でお参り

画像


鶴岡八幡宮 → 小町通り → 江ノ電鎌倉駅 → 江ノ電藤沢駅

いつもの所で2次会

画像


幹事様 ありがとうございました


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
2017年3月18日 鎌倉散策 湘南大西会/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる